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新藤 兼人原作・脚本・証言 『陸に上がった軍艦』
2007年邦画


監督  山本 保博
原作・脚本・証言  新藤 兼人
語り  大竹 しのぶ


日本映画界で最高齢の監督である新藤 兼人監督の長年・・・構想を温めていた自己の戦争体験を原作・脚本化し証言者として出演している話題のマイナー?映画を観てきました。


戦争はおかしくて、
哀しくて、
厳しくて残酷だ。
この映画を観ればよくわかる!!
 



映画界に入り10年・・・シナリオライターを担当していた新藤監督が32歳、やっとこれからという時1944年春に召集状が届き広島の呉海軍兵団に二等水兵として入隊し同年6月に宝塚海軍航空隊に配属され1945年8月上等水兵で敗戦を迎えるまでの約1年半の兵隊生活を自身の証言も交え再現映像で弱兵の兵隊生活を語り描いている。


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徴兵されて、最初に配置されたのは奈良県の天理市の天理教の総本山を軍が徴用して「予科練」の生徒を迎え入れる準備などを担当。
最初の小隊は100人だったが結局・・・戦後を迎えたのはたった6人だった。


その後・・・現在の宝塚歌劇団の施設を海軍が徴用し軍の施設に改造し「予科練生」の面倒を見る係りとなり雑役係である「整備係り」此処で沢山の少年兵を見送る。

いわば、新藤監督のような予備役軍人で30代の妻帯者等が徴兵されるのは本土決戦の為の捨て鉢の作戦である硫黄島の戦いもそうですが・・・いよいよ戦局が悪化した頃から年配者が徴兵されているので自ら志願した若い兵士と異なり「シャバっ化」を取る為、徹底的に厳しく東郷 平八郎以来守られている「精神論で勝つ」海軍精神を叩き込まれる。
精神棒で連日殴られる話や(海軍の伝統のケツバッド)階級章だけで判断しなければいけない^^;すれ違う上官に出会うとすばやく静止し、「敬礼」をするのが軍隊の所作の常識でもあるが・・・その上官に「欠礼」といって「敬礼」を忘れようものなら・・・執拗な鉄拳制裁が待っている。
軍隊の組織というもの・・・予備役上がりの弱兵がどのように「兵士」として作り上げ人間改造されていくのかという様を哀しくもリアルに描いていた。

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>「飛行訓練」という二人一組で腕立て状態で何時間も同じ姿勢をさせる制裁&訓練^^:

無防備で無抵抗なひ弱な弱兵に対して・・・(今までは一般人だった訳ですからね)立場上なんの抵抗も出来ない人間に対しての暴力はファシズムでもある。
この辺も、所謂・・・大型劇場で公開されまた、戦記物として書籍化している華々しい指揮官達のスートリーとは全く違いあまり語られていな弱兵の記録ゆえ、残酷で悲しくもあり・・・不条理極まりないのである。
そして・・・現代の価値感の私達から見ると非常に滑稽で可笑しくもあった。
いつも思うのだけれど・・・過去の日本国民は物資・食料も尽き果てて精神論で戦わされ追い詰められて、まるで現在の北朝鮮国民の窮状のようでもある。(そういう意味で戦記物を知れば知るほど・・・ぞっとする^^;)

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>蛸壺に隠れ「あんぱん」とかいう爆弾を敵の戦車めがけ自ら自爆する作戦の訓練。

余談ですが・・・在る国営放送の特番で新藤 兼人監督(当時70歳代くらい?)の出演しているドキュメンタリー番組の再放送を拝見したことがあります。
新藤監督のお姉様は、戦前一家でアメリカに移住しカリフォルニアで農業を営んでおられましたが太平洋戦争が勃発し故国日本が敵国になり移住後市民権を得たにも関わらず・・・土地・家屋は全て没収され「日本人収容所」に入れられてしまい・・・その後、戦争が終了し財産全て没収され苦しい生活を強いられている年老いた姉を訪ねて米国に居た姉の生活を通じ戦争の悲惨さ残酷さを語るというドキュメンタリーでした。

確か・・・その時は、あまり自らの戦争体験を語っておられなかったように思いますが、日米双方の国で姉弟が「太平洋戦争」という時代の渦に巻き込まれしまい・・・「戦争」を痛烈に冷静な視点で憎み95歳で尚、脚本家として精力的に活動しているのはこの1年半に渡る弱兵生活が彼の原点なのではないかとも感じました。

この映画・・・学校等教材で配給したら良いかとも思うのですが・・・思いがけず意表と突いたのが(笑)戦記映画ではタブー的な性描写が微妙に^^;私的には少し??しつこい?かったかな??(あんな時代にねぇw・非国民ですわ・・・・笑)
まぁ~~人間の根源は性への執着が在る意味、強くないと極限下では生き残れないという事も監督は伝えたかったのかな?そして生き残る為にはウィットとかユーモアも必要だとも思うのですけれど(笑)
祖母の葬儀で・・・・祖母の兄弟のおじいちゃんが(この方は海軍兵学校出です)「死んだら、何にもならん・・・」と一言。戦争体験を殆ど語らず、年を重ねてきた方の究極の感想なのでしょうね(;へ:)でも生き残った人達には・・・あまりにその代償が重すぎたという事でもありますね。

今・・・巷での話題は、自分の私腹を肥やすことしか考えていない政治家さんや官僚や汚職続きの公職の人々、税金の無駄使い・・・戦後63年が経過してもこの国はあんまり進歩していないなぁ~^^;(笑)
連日の国民感情抜きの自分達の対面ばかりに執着する永田町のオジサマ達の会見には閉口を通りこして・・・国民は「アホっ!!」って思ってるよ♪

海軍工員記―戦時下の佐世保海軍工廠 (光人社NF文庫)海軍工員記―戦時下の佐世保海軍工廠 (光人社NF文庫)
(2006/03)
森岡 諦善

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最近読んだ本です。
新藤監督と同じく30代中で海軍工廠の佐世保の軍需工場で徴用され働いていた僧侶である筆者の記録。当時の珍しい写真や「徴用令書」「身分証明書」「B29が散布したビラ」などキレイな状態で保存されているのも感動しました。
映画にも描かれていましたが、どこもかしこも人でいっぱいでトイレは糞尿だらけでそれは酷い状態だったそうです^^;
国民総動員で国に全てを捧げた(強制的に)人達の記録でもあります。
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