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先日、奈良の春日大社で購入した「新道とうつくしび」葉室 頼昭著にもご紹介されていた
昭和の日本を代表する知的美人女優 伝説の原 節子さんの本を読んでみました。
といっても、昭和38年に引退されましたが。。。(私の生まれるずっと前(>_<)
未だに、その名前はどなたでもご存知なくらい有名ですね。出演した映画数は述べに100本を超え、未だに謎が多く本人の消息も分からずじまいで神秘のベールに包まれている戦前、戦後・昭和37年までご活躍された、日本を代表する美人女優です。(一説には、お付の方と鎌倉に引き篭もっているとか言われておりますね)
43歳で引退されて、もしご健在であれば今年、86歳(家の御婆ちゃんより年上です)
勿論、自ら語った自叙伝も全く出版されておりません。
まるで、あのハリウッド女優、グレタ・ガルボさんの晩年と酷似していますね。
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「永遠の 原 節子 処女伝説」という凄いタイトル(>_<)
この、お写真はかなり後期(恐らく母親役などしていた頃)
本地 陽彦著  愛育社 定価 1,800円


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>全盛期だった頃の、原 節子様のお写真。グラビアにかなり登場していたようですね~
何処か日本人離れをしていて、ノーブルで気品がありドレスアップするとハリウッド女優の貫禄。
父親が貿易商をしていたらしく、やはり...両家の子女(所謂、お嬢様だったのですね)
幼少の頃より彫が深い顔立ちで背も高いので、北欧の血を引いているとまで噂されていたそうです。

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>デビュー当時のお写真。お下げ髪が初々しいですね~アイドルだったのでしょうね。
古いですけれど、ラナ・ターナーや「慕情」のジニファー・ジョーンズなどにも
お顔達が似ていまする...日本では、その流れを汲む正統派知的美人女優といえば...
「男達の大和」や「戦国自衛隊」では、陸自の二尉の制服をかっこよく着こなしていた
鈴木 京香さま。(少し、UPにすると肌のキメが粗いのが気になりますが...)


「晩秋」(小津 安二郎 監督)が一番好きな作品です。
もう直ぐ、嫁ぐ娘と父が二人で旅行に行きますが、旅館のシーンで原 節子さんが白地の浴衣を
着ていましたがわたしは、その浴衣姿がなんとも色っぽくて印象的でした。
あの、山の手言葉でしょうか?会話がなんとも良いのです....非常に日本語が美しいのです。
昔は、目上の方や親などには必ず敬語を使って会話をしたのですね~
そして....あの、声がたまらなく好きです。何処か少し低めで...


昭和38年 「原 節子」と芸名を付けた名付け親である、根岸 寛一が死亡。

翌年はゴールデンコンビと言われた巨匠 「小津 安二郎」監督が死去。原 節子さんはこれ以降...

公的な活動はしていません「小津 安二郎の死に旬ずるかのように」銀幕から身を引いています。

やはり....小津 安二郎あっての原 節子だったのでしょうか?二人の関係は恐らく師弟以上の

感情もあったのでは無いか?!とも言われておりますが、今となっては謎ですね。

昭和26年から30年にかけて、東宝社長の小林 一三が「原 節子は一生東宝が面倒を見る」

と断言・約束したとされ、終身給与が支払われているとも噂されましたが、昭和45年より

東宝社長が交代し、原 節子よりの申し出で支払いを止めたとされていますので正式な引退は

昭和52年ではないか?!と著者は書いています。


私の好きな言葉で『立つ鳥 跡を 濁さず』がありますが、もの凄い潔いですね...ここら辺が

大和撫子、日本女性の代表、日本の美、日本の誉れと伝説化している謂れでしょうか?



ちなみに....私の父は笠 智衆さんに似ているらしく・背が高く痩せ型で(笑)着流しが似合いますし、

縁側の似合うおっさんなんです(笑)智衆さんをもう少し鼻筋通して美男にした感じです(爆)

いい年をして、若い女の子からもバレンタインにチョコを貰っております。

どうも...女性を無防備にさせてしまういい人キャラみたいですね~(これって、罪ですね(笑)

だから、私も真面目人間で何処か少年のような感性やこだわりを持った男性に惹かれます(笑)


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>ものすごく、歯がきれいですね~
戦時中のヨーロッパでは「歯をちゃんと磨かないと日本人の歯のようになりますよ!」と母親が
子供を脅した(笑)そうですよ~。そういえば、エルジュの漫画「TIN TIN 」に出てくる日本人
(日本兵とか)は出っ歯だったり、スキッ歯だったり、虫歯だったりで当時はそういうイメージ
なのでしょうね(T◇T)(爆)

父曰く、昔は歯のコンクールに出る子供にオキシドールで歯磨きさせていたらしいですが...
まさか、原 節子もオキシドールで歯の黄色味を取っていたのでしょうか?(>_<)

この、屈託の無いさわやかな笑顔がいいですね~よくいまする(T◇T)口だけ笑っていて
目が笑っていないお人(>_<)髪は当時の贅沢、パーマネントですね~(笑)
戦時中は一億国民「欲しがりません!勝つまでは!」で電髪(パーマ)禁止だったのですが
この方は、いつもいつもウエーブがしっかり!とついておりまする?!



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>デビュー当時のお写真。いきなり大衆紙「アサヒグラフ」の表紙なんて大物新人だったのですね。
原 節子さんは、今は死滅してしまった「大和撫子」なのです(笑)しとやかで上品で純潔で
気高く、優しく、健気で、誇り高き日本女性なのです。
敗戦直後の日本人にとって、世界にも誇れる希望だったのかも知れません。
しかし、彼女の笑顔は太陽のような明るさで決して男性に媚びた笑顔ではないのです。
明るく、健全で....男性がどちらかと言うと影から眺めているだけ(笑)声など気軽に掛けられない
憧れのお姫的な存在だったのでしょうね。
戦時中、戦地に彼女のブロマイドを持参された兵隊さんも多数いらした事でしょう(笑)
戦前、戦後と通じて素敵な女優さんは、沢山おりました。折をみてまた取りあけていきたく思います。


●本名    会田昌江
●出身校   横浜高女(岸 恵子・草笛 光子の母校)
●生年月日 1920年 6月17日
●デビュー作 1935年「ためらふ勿かれ若人よ」 (田口哲監督・日活)
●1935年、14歳の時に義兄(姉の夫)である監督・熊谷久虎のすすめで日活玉川撮影所に入所、女優としてデビュー。
●1936年 山中貞雄監督 「河内山宗俊」撮影中にアーノルド・ファンク監督
に見初められ、日本初の日独合作映画「新しき土」(1937)の主役に抜擢され一躍、スターになり....その後、世界公開のため半年間世界一周(露、独、仏、米 etc)ドイツでのプレミア試写会にはあの、ヒットラーも駆けつけたそうです。
ナチのゲッペルス宣伝相やハリウッド女優マレーネ・デートリッヒ、スタンバーグ監督とも交流し、同時期に義兄 熊谷監督と共に日活から東宝へ移籍。
●947年東宝争議を経て、東宝専属からフリーとなり、精力的に他社作品に主演。1948年「時の貞操」(大映)では100万円という当時として破格の出演料が話題となるが、1951年には再び東宝と本数契約を結び、以後、1962年の引退まで看板女優として所属。
●1949年、1951年 毎日映画コンクール主演女優賞、1951年ブルーリボン主演女優賞を受賞。小津安二郎監督、黒澤明監督、成瀬巳喜男監督などの巨匠監督作品に次々と主演し、その類稀な美貌と気品で全盛期を築く。特に小津安二郎監督とのゴールデンコンビによる「東京物語」(1953年)において日本女性の理想像を示し、世界的にも高く評価されている。現在も、若い世代に小津安二郎FANは多い。
●全盛期の1952年に体調不良で約1年、また1954年~55年には白内障により、1年半休養。その都度、熱望され復帰を果たすが、1962年の「忠臣蔵」の後、引退発表をする事もなく静かに映画界から身を引き、事実上引退。以後、公の場に現れる事はなく、鎌倉にて隠遁生活。戦前戦後を合わせ女優生活28年、その出演作は100本を超え、未だに『日本一の美女』との誉れ高き伝説の女優。

<代表作 >        
1935年  「緑の地平線」       阿部 豊
1936年  「新しき土」        アーノルド・ファンク・伊丹 万作
(新しき土地とは、満州のことで伊丹 万作はこの国策映画に参加した事を生涯後悔したそうです)
1938年  「上海陸戦隊」    熊谷 久虎
       「武士の娘」
1940年  「嫁ぐ日まで」    島津 保次朗
1942年  「ハワイマレー沖海戦」   山本 嘉次郎
1942年  「阿片戦争」     マキノ 雅弘
1946年  「わが青春に悔いなし」   黒澤 明     
1947年  「安城家の舞踏会」   吉村 公三郎
1947年  「誘惑」        吉村 公三郎
       「幸福の限界」     木村 圭吾
1949年  「お嬢さん乾杯」    木下 恵介
       「青い山脈」      今井 正
       「晩春」        小津 安二郎         
1950年  「七色の花」      春原 政久 
1951年  「白痴」        黒澤 明  
       「麦秋」        小津 安二郎         
       「めし」        成瀬 巳喜男 
1953年  「東京物語」      小津 安二郎 
1954年   「山の音    成瀬 巳喜男 
1955年   「ノンちゃん雲に乗る」 倉田 文人 
1956年  「驟雨」        成瀬 巳喜男 

1957年  「大番」        千葉 泰樹(4作シリーズ)  
       「東京暮色」      小津 安二郎
        「智恵子抄」      熊谷 久虎
1958年  「女であること」    川島 雄三
1960年  「娘・妻・母」     成瀬 巳喜男
1961年  「秋日和」       小津 安二郎
       「小早川家の秋」    小津 安二郎
1962年  「忠臣蔵」       稲垣 浩
(故・岡田 真澄氏とのキスシーンで話題になる。この作品を最後に銀幕を引退。)

        *次回は、山口 淑子(李 香蘭)を予定しております(予定は未定)


岡田 真澄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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