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死をどう生きたか 本

>日野原 重明著 「死をどう生きたか」私の心に残る人びと / 中公新書

これは、年末私の大好きな祖母の葬儀で親戚の医学部受験を控えている男の子から私にと頂いた本です。彼は、高校1年からずっと予備校で生物・数Ⅲ・医科系英語を取り医学の道を目指していたのでした。
何でも、この本は・・・予備校で講師をしていた先生から頂いたそうです。
その先生と言うのは、普通の大学を卒業し製薬会社でサラリーマンをされてから20代後半で再度、医学部を受験・合格し医者を目ざしてたそうです。

祖母が、12月の中頃より様態が急変して私が雪道の中・・・高速で車を飛ばし病室で祖母の顔を見た時には、既に高圧酸素を付けられて生理食塩水やぶどう糖の点滴・脱水症状の為の水分補給の為か酷く顔や目までも浮腫んでしまっていた。

祖母は上の歯は入れ歯の為(感染防止と思われる)既に外されており会話が聞き取りにくくなっていた。(どうして、こんな風になる前にもう一度会いに行かなかったのだろう・・・仕事や東京でショッピングしているのであれば何故、祖母に会いに行かなかったか・・悔やまれてならない)
3年前にも、祖母は胃がんで入院し・・・幸い早期発見だった為、大事には至らなかった。
81歳という高齢の割には、今現在の内閣総理大臣名やその他閣僚や、新聞ネタは殆ど把握している頭の良いしっかりした祖母だった。ただ・・・骨祖そう症で骨がもろくたびたび転んでは骨折を繰り替えす為以前は、しっかり家事労働の賄えたしっかり者の祖母は殆どベットで寝たきりのような生活になっていた。
着物を自分で仕立て、お洒落な人だったので裾が肌蹴るのを異常に嫌っていたので人に触られるのを極端に嫌っていた。
昔の、日本女性と言うものはそんなものである。実は、私も肌の露出した物や水着や銭湯みたいなものは最近まで苦手で、温泉のみんな裸みたいな世界が異常に苦手だった(笑)

「おばあちゃん苦しいの?大丈夫」とか話しかけた時・・・後になって気づいたのだが彼女は確か・・・「もう・・・いい」と私の問いかけに何度もそう言って、答えていたのだったが、その時私は気が動転しており、祖母の手を握り返すのがやっとで・・・分からなかったのだ。
年齢も、年齢なので家族は勿論・・・皆覚悟していた。
結局・・・・入院して一週間後に「多臓器不全」で亡くなったのだった。


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祖母の七五三の写真。
昭和(太平洋戦争)の激動の時代に少女時代を本州で育ち過した彼女は「すいとん」や「かぼちゃ」が見たく無い程・・・大嫌いだった。

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祖母が、まだ北海道へお嫁に来る前結婚迄決まっていた男性・所謂、初恋の人。(初耳でした)
特攻隊に志願して戦死されたとか・・・親戚のおじいさんがそんな話をしていました。(素敵な方ですね)私は、写真をこっそり、持ち出して・・・スキャナーでコピーして祖母のお棺にの中に入れてあげました。
私が・・・もしかして「特攻隊員について」なんだか非常に惹かれるし、興味があるのはそういうDNAが騒ぐのでしょうか?!少し・・・人間の潜在意識というものは、恐いなぁ~と思いました。
そして手紙は、一通も出てきませんでした・・恐らく全て処分したのでしょう。
成就しない恋だから、一生心に残る美しい思い出なのですね。(;へ:)
私も、多分・・・祖母と同じ事をしたでしょうね(笑)でも・・・写真と言う物は捨てられないですね           


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美しかった花嫁衣裳姿。祖父は既に他界・若い頃は外国人みたいな、めちゃ色男だったそうです(笑)
点滴の水分補給が幸いしたのか!?死に顔がまるで50代の時のつややかな皺の全くない肌ですぅっと、眠るっているような穏やかな美しい死に顔だった。彼女の人柄や人生を象徴しているとも思った。
葬儀屋さんで、感心したのは叔母の時は「死装束」に着替えさせる時に肌が露出し死体に着物を着せている作業という感じだったが・・・祖母の時には、若い男性担当者だったが、顔も水を含ませたガーゼで横に倒しても此方からは顔が見えない・白装束の着物を着せる時にはまるで儀式の様に布団の中で作業をし全く、親族の私達には祖母の肌が一切見せない様に丁寧に着替えさせてくれたので祖母もきっと安心しているだろう・・・と、親族が感心して見ていたのです。(肌の露出は、祖母が一番嫌がる事だから)

そんな、こんなでX’masや年末・新年と私の人生に取って怒涛のような忙しさと色んな変化が
訪れた年末・年始だった。
お葬式でも意外な程、泣かない強い自分が其処にいた・・・親戚の独身男(35歳)○くんとその長女と叔父さん(叔母が7年前舌癌で既に他界・親より先に娘が死んでいる)と交替でお線香&蝋燭番をしていた為葬儀が無事終し、帰宅した頃には私は新しい生活の疲れで寝込みそうになったのでした。

           人というものには・・・・・人生には必ず終焉が来る。

それは、どんな人も同じだ。早いか遅いかはその人の持つ運命だけれど老いる事・不自由になる事皆に世話を掛ける事・いろんな全ての負の部分を受け入れて逝った祖母の死だった。
人生はある意味、死に向い死に行くことなのだと、改めて痛感させられたけど・・・
祖母の存在は・・・何故か今は、とても近くに感じるのが何だか嬉しくもあるのです。


肉体は消滅しても・・・人間の魂の存在は生き続けると、私は信じています。
今・・・幼い子供達が自ら命を絶ってしまう・・・・親から虐待を受けて親に殺されてしまう時代。
親より先に幼くして先逝った子の葬儀はどんなにか、辛くて悲しいことでしょうね。
命と言うのもは、出来れば我慢してでも天寿を全うするべきではないでしょうか?
祖母の死を迎え、そして黄泉の国に送り出した私達は・・・もう、昨日の自分とは少し違ってしまったのです。祖母が身を持って私達家族に、大切な物(心・魂)を贈ってくれた気がします。

              そして・・・・家族を、私を愛してくれてありがとう。

本の内容は、幼い娘さんとご主人を置いて先立たれた末期がんの患者さんや、元読売新聞社社主の正力松太郎氏・作曲家山田 耕作の最期や著者の45年に渡る内科医として、主治医として死を見取った人は600人を越えるそうです。
死を見取った患者の最期から本当の生きる意味を教えられたという著者の心に残る人々の記録です。

祖母の葬儀以来・・・・(根暗)のスイッチが入ってしまい普段はトランスやROCK系の超~~のりのりの音楽を聴いて暮らしていましたが・・・まさにエネルギーが「轟沈」

                こんな、音楽ばかり聴いて暮らしておりました。
       dsc04901.jpg大好きな、モーツアルト「レクイエム」私の葬儀で絶対!!に流して欲しい音楽。
       img113.jpgこれは、友人のドイツ土産。バッハですが、ドイツ語が読めない為曲名が分かりません(;へ:)
        img035.jpgこれも、大好きな「グレゴリアンチャント」聖ベネディクト派の修道士が歌っているミサ曲。
ヘタウマです(笑)何故か、私はこれとアンダー・ワールドで爆睡出来ます。
海外旅行の必需品?!(笑)これが無いと寝むれません(>_<)

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