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この日は待ちに待った....江田島の旧海軍兵学校(現在の海上自衛隊幹部候補生学校)と、一番の目的の一つである呉の『大和ミュージアム』見学なのでした(*´▽`*) 
ホテルから直接、高速船で江田島まで約1時間少し....やはり、呉は軍港?!の港ですし、海上自衛隊の呉本部がある港町、大型船や海上自衛隊のあさぎり型の訓練艦などが停泊しておりました。

海軍兵学校は明治21年(1888年)8月東京築地から江田島に移転。以来アメリカのアナポリス・イギリスのダートマスと共に3大兵学校として世界的に有名なんだそうです。

今でも、遠洋航海等に出た海自の船の旭日旗は尊敬をこめてすれ違う商船や他国の船も必ず、敬礼をする習慣があるそうです。
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>正門。見学は無料で一日(平日)3回、(土日祝日)4回と案内の方がつきます。所要時間は1時間30分。
レストランでは(笑)ありました...海軍さんのカレーが(^▽^;)横須賀海軍カレーより、呉の海軍カレーは辛いのです。

そして、此処は...明治の時代から、電信柱が無いのです。景観を損ねると言う事で海外と同じく地中に電線を埋めて在ります。すごい!!
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幹部候補生学校、所謂防衛大学を4年で卒業し、海上自衛官の幹部になるべく1年間お勉強する為の学校。年間約600名の一般幹部候補生、幹部予定者、飛行幹部候補生などが教育を受け三等海尉(旧海軍の少尉)に任官していかれるそうです。
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>教育参考館
正面の部屋にイギリスのネルソン提督、東郷元帥、山本五十六元帥の遺髪が収められております。
海軍関係者の遺品や特攻隊員達の遺書等が、展示されています(撮影禁止です)
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>大講堂
大正6年(1917年)当時の金銭価格で40万円かけられて瀬戸内産の御影石で建造された建物。
折りしも、明日は卒業式だそうで、椅子や式辞、国旗などの準備がされておりました。
旧海軍時代は、天皇名代として宮家からの出席者が必ずいたそうです。
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>やっぱり、旭日旗ありましたね~この旗は本当にデザインが美しいと単純に思います。
やはり、先日記事にした東郷元帥のひ孫さんも、海自でこの幹部候補生学校を卒業しています。

卒業後、毎年場所は違うそうですが、(今年は、北米)訓練航海に呉の港から出発するのです。
その、元帥のひ孫に当たる方は、4代目ですが卒業航海の時に各国の寄港地で『トーゴーのひ孫』と、歓迎されたそうです。北欧で『東郷ビール』まで生産されたのですから有名人なのですね。

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>凄いものを発見!!なんと、あの大和の18インチ砲です。
高さ:1,95m  直系:46cm  重量:1,5t  最大放程離:42km。毎朝、生徒さんがピカールで丁寧に磨いているそうです。ご苦労様でございます♪
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>海竜。この、菊水の紋は楠木 正重の紋で、勝ち目の無い戦に挑むと言う意味で書かれたそうです。
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>特殊潜行艇  真珠湾攻撃に出撃した5隻の内の一隻。
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>生徒さんでしょうか??意外と皆さん大人っぽいですね~~女の子は本当に見かけない場所です。
売店でも、学生さんに質問しようと近づいたら(笑)目と目が合ってしまい...ビックリして向うに行かれてしまいました(;へ:)聞きたい事あったのにぃ~(><)今時の男の子なのに、シャイなんですね~~♪(#^.^#)日本男児ですね~
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>行進する?!時の歩幅をあわせる為の線です…(・∀・;)凄いですね~要するに一個小隊で行動する訳だ。( ̄_っ ̄)フーン
ちなみに、例の過酷な労働一週間(月月火水木金金) 『ど、土日が無い!!(><)』をあみだした人物は?!明治37年黄海海戦時、東郷が率いる『三笠』の砲術長だった、加藤 寛治に、東郷 平八郎鶴の一声『訓練に制限は無い!』で、加藤 寛治が後の連合艦隊指令長官になったときから(月月火水木金金)の猛訓練となったそうです…(・∀・;) なんかなぁ~?!

to  be continued ♪

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