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結構、古い映画ですが母がビデオで所蔵していてまた思い出して観てみました。
暫らくBLOGお休みしようと思っていたのですが、この映画の記事だけUPしようと思いました(笑)
先日も戦後樺太で終戦を迎えた、元日本兵の(陸軍)上野 石之助さんが63年ぶりに故郷の
日本に帰国しましたが、会見の時の言語がロシア語でしたね。
母国語も忘れる位、苦労や孤独など色々あったのでしょう(;へ:)

この映画はやはり元イタリア軍の兵士だった男が(マルチェロ・マストロヤンニ)新婚の新妻
(ソフィア・ローレン)を置いて、ある理由からいきなりシベリア戦線の前線に派遣され、其処で
終戦を向かえ現地で怪我をした兵士の看病を健気にしたロシア人女性と兵士が一緒になり其処
から終戦の大きな運命の渦に翻弄されて行くお話です。

一方...イタリアで待つ妻は、夫の帰りを何年も待つのですが、とうとうロシアに夫に似た人間
が暮らしているらしいと言う情報を頼りに一人、ロシアに夫を探しに行くのです。
その間、若くて美しい妻はやがて髪に白いものが沢山増えてしまい、心労のせいで明るい太陽
のような女性はやがて節目がちな大人しい耐える女に変貌して行く様をソフィア・ローレンが
見事に演じきっており、其処も見ごたえあります。

戦争により、無残にも断ち切られた男女の悲しい情念の世界の大人のラブストーリーです。

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これは、大東亜戦争時代を特攻隊員として若い命を散らした方々の絶世の句と遺書です。
ごく一部ではありますが、只これを先入観のない静かなお気持ちで......
読んでみていただければと思います。


「遺言」

僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかもしれない。
お母さん、良く顔を見せて下さい。
しかし、僕は何も「カタミ」を残したくないんです。
十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。
お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
それが、僕の別れのあいさつです。



茂木 三郎一飛曹
神風特攻隊 第五神剣隊。
昭和20年5月4日 鹿児島県鹿屋(かのや)基地より出撃 戦死。   享年 19歳





我があとに続かんものは数多し   固く信じて  特攻は征く

渋谷 健一郎 大尉
第六四振武隊。
昭和20年6月11日 反世より出撃 戦死。      享年30歳




「所感」

空の特攻パイロットは一器械に過ぎぬと友人が言ったのは確かです。
操縦桿を握る器械、人格もなく感情もなく勿論理性もなく、
只敵の母艦に向かって吸ひつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。
理性を以て考えたなら実に考えられぬ事で強ひて考ふれば
彼等が云う如く自殺者とでも云いせうか、
精神の国日本に於いてのみ見られる事だと思います。
一器械である吾人ハ何も云ふ権利もありませんが唯願はくば
愛する日本を偉大ならしめん事を国民の方々にお願ひするものです。




>上原 良司 少尉
第五六振武隊。
昭和20年5月11日 鹿児島県知覧より出撃 戦死。   享年22歳
今回は、横浜方面にお仕事でございます。
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今回の旅のお供は(笑)やっぱり、特攻の本です
『彗星夜襲隊』 特攻攻撃を否定し、自己の極限までの技術で正攻法を貫いた男達の話です。
音楽は、最近はもっぱらTRANCE系かAaliyahとかR&Bを聴いております。
バックは、2年前に購入した(夏用)コール・ハーンのもので結構お気にです。しかし、翌日の東京・横浜方面の凄い雨で、新調したお洋服やお気にのバックも濡れました。
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横浜駅前でございます(本日の取引先が此方方面です)どきどき.......
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>『中華街』です。関帝廟にも行きましたよ~♪
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中華街で飲茶の昼食(ちと、早いですが.....
この後の...仕事の事を考えると口から心臓が出てきそうなくらい緊張の為(おえらいさんのおごり)なので??食べ物が喉に詰まります((^З^)ぷぷ・


先日の江田島の続きです(^▽^;)

江田島の旧海軍兵学校からバスで、いよいよ....待望の大和ミュージアムキラキラへ.....
正式名称  呉市海事歴史資料科学館 開館時間 90:00~17:00
7/21~8/31迄9:00~19;00(入館は閉館の30分前迄)
休刊日 毎週 火曜日 駐車場 有り 65台 一時間 100円
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>呉港の石川島、播磨造船所  そうです♪大和のふるさとでございます(*´▽`*) 
一緒のツアーに参加されていた方で、当時の大和の実物を見たおばあちゃまがおりました。
学徒動員で人間魚雷『回天』の魚雷を作っていたそうです。当時の、貴重な話を聞けました。
ある方は、徴用で横須賀の軍需工場でやはり回天を作っていたそうです。ある日、飛行機が一機上空に飛んで来て、工場の人達は敵機(アメリカ軍の)と間違い機銃で撃ってしまった話。
その航空機はなんと!!見方の零戦だったんです(><)翼を左右に揺らして知らせて、何とか

無事に上空を過ぎていったそうです…(・∀・;)ビックリするお話でした....本当に。
でも...アメリカ軍のムスタングやB29だったとしても形が全然違うのに(笑)攻撃してきた訳じゃぁ無いし零戦の搭乗員の方も冷汗だったでしょうね...(><)
巡洋艦に乗せてもらい艦橋まで上がった話や、当時の軍隊のいじめが凄かった話とか、ケツバットも実際に見たそうです(><)しかし、敗戦するのが目に見えて分かるようになるとだんだんそうゆう光景も無くなってきたという事でした。
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大和ミュージアム入り口近辺は、戦艦『陸奥』の主砲や巨大なスクリューが外にデカデカと展示されていて、圧巻でした~。(41センチ主砲身)…(・∀・;)私も後ろ姿で少し写っていますね.....(笑)
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キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━
                   キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━
                                    キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━

で・…(・∀・;) でかぁぁ・・・・・や ま と 

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